モラルにて動いている

悪において考えていきたいと思います。
悪というと、どうしても悪いイメージが挙がってくるかと思います。
それはどうしてでしょうか。
判りません。
逆によってみたいと思います。
規則だ。
規則は何なのでしょうか。
正しさを力で証明するみたいな感じだ。
では正しさは何なのでしょうか。
悪には、悪の正しさがあるのではないかと思います。
何らかの悪のモラルにて動いているからこそ「悪」として成立しているんだと思います。
こうつながるといった「悪」も「規則」もなんら貫くような気がして来る。
ただし、本当に「悪」はおるまたは有ると思います。
かえって、規則がどこにあるのかとすら窺えるのが日常ではないでしょうか。
「規則のゼロ」、これでは人前が機能するのかと思います。
基本的にポリスが、常識が「規則」となっているかのように思います。
何らかの悪行が起きたときに対処してくれるからだ。
その資産には、ナショナリズムがあるは分かりますが具体性という見た目な一品を通じてしまうと、どうしてもナショナリズムはちょびっとしてしまうのかもしれません。
するとどこにナショナリズムが在るのかとすら思えてくるのではないでしょうか。
ナショナリズムは見えにくい一品なのかもしれません。
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